ゲストハウス「ゆる宿vokketto」を始めて今年で6年目ということで、色々なイベントも企画されていると聞きました。
冬は毎年もちつき、夏は流しそうめんをやっています。あとは地元の方とイベントを開いたりしていますし、宿泊者以外でもこどもからお年寄りまでイベントに参加することもあります。
ゲストハウスを始める前まではどのような生活でしたか?
浜松の高校を卒業して京都の大学に進学しました。卒業後は静岡市で就職してとびこみ営業をやっていたのですが、ダッシュ村みたいなことをやりたいっていうのがあって。その話を聞いた前の会社の社長が是非川根本町に来ないかと誘ってくれて、就職したのがきっかけでこの町に来ました。
ダッシュ村、ですか。確かに三高さんはなんでも自分でできそうな雰囲気ありますよね。この宿は自身でリフォームしたのですか?
いえ、始めは全く素人で宿にある本棚を作るところからはじめて、移住者の大工さんに来てもらって自分も手伝いながら道具の使い方とか柱のことだとかDIYは学びました。新しく建てた宿泊棟は水道や電気を通すこと以外、屋根も自分でやりました。
左側の本棚が初めてDIYしたもの
自身で手掛けた宿泊棟
ただ、ゲストハウスをやるということはあまり計画がなかったとか?
たまたまこの家を借りることになって。大きい建物だし、大学の時に1年休学してバックパッカーとして色々なゲストハウスに泊まっていて楽しい思い出もあったので。あとは前職で営業をやっていたときに地元の方と話すことが多くて、若い人が集まれる場所がないというころも聞いていたし、宿も足りないってこともあって開業することにしました。
大学生の時に始めたフラメンコギターはプロ級の腕前
起業にあたっての苦労や大変だったことはありましたか?
ここ2年ぐらいは忙しくしていますが、コロナ禍の中ではじめたこともあって軌道に乗せるまでは大変でした。ただ川根本町は日雇いやお茶などの季節労働の仕事があるのでなんとかなるとも思っていましたし、実際に自分も建設現場の日雇いで働いていました。開業するのは不安でしたが周りの人が背中を押してくれました。
ゲストハウスや農泊など川根本町でも流行っていますね、民泊みたいなものをやりたいという移住相談も受けることもあります。ライバルがまたまた増えますね。
同業者は仲間ですよ、それぞれが協力して助け合う存在でライバルではないです。満室の時はお互い融通しあったりもしますし。起業にあたっての補助金の情報もすでに開業している方から教えてもらったし、自分も起業を考えている人に相談されたらそういう情報は伝えています。僕はライバルはディズニーランドやUSJだと思っています。休みの日にそういうアミューズメントパークに行く人をどうやって川根本町に来てもらえるかって。
天井の解放感が特徴的なゲストハウス
川根本町の人の印象はどうですか?
バックパッカーとして二ューヨークみたいな大都会や南米の小さな村まで色々な人に出会いましたが、川根本町の人はワールドワイドで面白い。自分を含め変な人が多い(笑)。買い物先で知り合いに会って会話が弾むのは唯一この場所だけだと思います。
始めのころは言葉の壁(方言)があってお年寄りが何を言っているかわからないことはありましたが(笑)
これからの展望や、やりたいことってありますか?
宿や住環境を廃校※に構えたいです。町の機能を維持するような場所、例えば仕事に関する情報と住む場所を確保できるような場所をつくりたいと考えています。
若い時に仕事に対して不安だったことあってセーフティネットがあればいいと思っていて。周りの人とシェアして協力することで安心できる場所を作りたいというところと、みんながチャレンジしている状態でワクワクしたいというのがあるのでチャレンジする場所を作りたい。
移住を考えている方にアドバイスをお願いします。
川根本町は人の入れ替えがある土地なので外の人間も入りやすく、環境的にもチャレンジしやすい土地だと思います。困ったときは周りに甘えてください。僕も自分の力だけではできなかったし、みんな助けてくれますよ。
※川根本町は過疎化や町の統合に伴い、廃校が多数存在しています。